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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)10253号 判決

原告 財団法人静岡県学生会館

被告 国土計画興業株式会社

主文

被告は原告に対し金三〇三万六一五〇円並びに内金二〇六万六七五一円に対する昭和三五年一月一四日から、内金九六万九三九九円に対する昭和三七年九月四日から、それぞれの完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

請求原因第一項第二項については当事者間に争いない。同第三項の(イ)について、検証の結果によれば本件壁は若干の傾斜はあるが殆んど垂直であることが認められる。同ロについては当事者間に争いない。同(ハ)について判断するが、成立に争いのない乙第一号証の一、証人岩科、同永井、同藤田の各証言、鑑定人大崎順彦の鑑定の結果によれば排水孔はあつたことは認めることができるが、一方鑑定人大崎の鑑定の結果に証人藤田、同田中、同岩科の各証言を綜合すれば右排水孔は殆んど水ぬきの用をなさなかつたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

同(ニ)のうち杭打ちのないことについては本件弁論の全趣旨からこれを認めることができ、右認定に反する証拠はないが、底辺の長さが二、五米以下であることについては本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。同(ホ)については、証人田中、同内田愈、同内田末広、同橘儔の各証言及び前記鑑定人の鑑定の結果を綜合すればこれを認めることができる。

右認定に反する証拠はない。

そこで右事実によれば壁を含めた本件土地に瑕疵があるといえるか否かを判断する。本件土地がもと傾斜地であつたことは当事者間に争いないが、当裁判所の検証の結果、証人鈴木の証言によりその真正な成立が認められる甲第八号証の二、第一〇号証の二によつて認めることができる右傾斜地の状況、証人田中、同橘の各証言によつて認めることのできる附近住民の被告に対する危惧の念の通知等を考えれば、成立に争いのない乙第一号証の一によつて認められる東京都の命令及び条例に外見上適合する壁の築造であつても、有効な排水孔を作ることなく漫然と鉄筋等による補強をしないで本件のようなコンクリート壁を築造したことは完全な宅地の造成とはいえず、宅地としての本件土地には瑕疵があると判断せざるを得ない。

請求原因第四項について次に判断する。被告は右瑕疵が隠れたものではないと争うけれど仮に原告が地耐力の検査等土地を調査したとしても、コンクリートに鉄筋が入つているか否か、排水孔が有効か否か、本件土地が水圧に対して充分の強度を持つているか否かは、(壁が垂直であるか否かはともかく)右のような調査からは通常判明しないのであるから、右瑕疵は隠れたものであるということを妨げず、前記認定の諸事実によれば本件瑕疵は隠れたものであると認定しうる。壁の崩壊については当事者間に争いがなく、土砂の流出についても証人藤田の証言及び同証言によつてその真正な成立が認められる甲第五号証、証人鈴木の証言、検証の結果、検甲第一号証乃至第二四号証によつて認めることができる。

そこで次に壁の瑕疵と崩壊との因果関係について判断する。被告は因果関係を否認し、抗弁第一項と共に原告が地耐力をこえた建築をしたこと台風が未曽有の大きさであつたこと、によつて本件崩壊が起つたものであると争うけれど、成立に争いのない乙第四号証、第五号証の一、二に鑑定人大崎の鑑定の結果によれば、本件壁の崩壊は昭和三三年九月二二日九時五〇分から同月二七日六時三〇分に亘つて降つた四四一、一ミリの雨量により、壁にかかつた圧力が壁の転倒に抵抗する力を上まわつたため起つたものであることが認められるが、前認定の本件では、右水圧に対して当然留意さるべき排水孔が全く有効でなかつたことが、右のように約五日間に亘る大量の降雨に対して壁に鉄筋の入つていなかつたこと等施工の不備と重り、本件崩壊の重要な一因となつたものと認めるのが相当である。本件土地上の建物については、水圧がなければ特に安全性に欠けるところはないことが前記鑑定の結果により認められるし、本件台風は記録的な大雨をもたらしたことは事実であるが、右瑕疵がなかつたとしても壁は崩壊したとの立証がない以上(これは本件全証拠によるも認められない。)、右瑕疵と壁の崩壊には因果関係があるといわざるを得ない。(この点で不可抗力の主張は、被告側にその立証責任があるものとみるのが、衡平上妥当である。)右認定に反する証拠はない。

請求原因第五項の(イ)、(ロ)については証人藤田の証言及び同証言によりその真正な成立が認められる甲第七号証の一乃至四によつて、同(ハ)については証人鈴木の証言及び同証言によりその真正な成立が認められる甲第一一号証の一乃至三によつてそれぞれ認めることができる。右認定に反する証拠はない。

そこで同第六項の原告の主張について考えてみるに、まず不法行為の主張については、被告の違法性についての主張立証が充分ではないので(原告主張の程度では足りない)、本件損害賠償の基礎としてはとることができない。従つて抗弁をまつ迄もなくその主張は理由がない。不完全履行の主張についても、被告の主張するとおり本件は特定物を目的とするものであるから、被告が本件土地を原告に引渡した以上、それは債務の本旨に従つた履行であつて不完全履行の問題とはなり得ない。よつてこの点の主張も理由がない。

しかし瑕疵担保の主張は理由がある。従つてこの点に関する被告の抗弁第三項について判断する。まず民法五七〇条、五六六条三項の「事実を知りたる時」について考えてみるに、これは、瑕疵と、それに基く損害の発生と、損害額を買主が知つたときと解するのが相当である。損害額が不明であれば、買主は損害賠償が請求し得ないであろうし、まして損害が発生しなければ、請求しないのが普通であるからであり、こう解しても売主に特に不利なことはなく取引の安全に反することもない。

従つて昭和三一年の売買当時、原告がこの事実を知つたとする被告の主張は損害発生が台風によるものであることは当事者間に争いないのであるから認めることができない。又、昭和三三年九月二六日に原告が、事実を知つた、即ち、瑕疵と、損害発生と損害額を知つたとする被告の主張についても、通常の場合と異り、本件のような壁の崩壊に伴う比較的規模の大きい損害について損害の発生と同時に損害額迄知ることは通常考えられず、本件全証拠によるも少くとも原告が損害額を知つた事実はこれを認めることはできないので、この主張も理由がない。瑕疵担保に基く損害賠償請求の期間制限については、その性質もいわゆる形成権とは異つているし、裁判外の単なる請求のみで長期間債権が存在すると解するのは、瑕疵担保の損害賠償における期間制限の趣旨に反するので、短期消滅時効と解し、債権者が権利を行使しうる時の立証責任を債務者に負わせることが相当と考えるが、仮に形成権として除斥期間と考えてみても同様に事実を知りたるときの立証責任は債務者に負わせるのが相当である。従つて原告の再抗弁を判断する迄もなく、被告の抗弁は理由がない。

請求原因第七項については当裁判所に明らかなので、被告は原告に対し損害賠償と共に損害金を支払う義務がある。よつて原告の被告に対する請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 滝田薫 前川鉄郎)

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